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KANDAルネッサンス 62号 (2002.07.25) P.7 印刷用
我ら神田っ子23

下久呉服店 四代目 木村晃久さん

「和の文化の尊さを私達は忘れてはならないのです」

 創業は明治四年。初代久作さんが明治四年に出身地の下総(千葉県登戸町)にちなんで下総屋の屋号で神田連雀町(現在の須田町)に呉服店を開いたのが始まりという歴史あるお店。「日本の伝統文化の良さを伝えていきたい」と願う四代目夫婦が老舗ののれんを守っています。

呉服屋の役目
 店内には、比較的手ごろな浴衣から希少価値の高い帯まで幅広い商品が並んでいます。
「今では着物をお召しになる方が限られてしまい、なぜか贅沢品のようなイメージをお持ちの方が多いようです。確かに着物を着る際のルールというものはあります。たとえば、いくら高級な紬でも訪問着としては着ることはできません。洋服で言うとジーパンのようなカジュアルな装いになるのです。そのようなルールをお伝えするのが私の仕事です」と、ゆっくり丁寧に教えてくれる四代目、晃久さん。呉服屋の旦那の話し方は、まさに「相手に不快感を与えないこと」に徹すること。一辺倒な応対はご法度。呉服屋の旦那が一番気を遣うのが、この言葉遣いだといいます。まさに旦那の力量といってしまってもいいでしょう。
「実はこの14年ほどは試行錯誤の連続でした。13年前に先代を亡くしてから、それまでの大お得意様中心の商売に以前から限界を感じていたので、基本は店という考えから、店売り中心の敷居の低く、誰からも愛される店づくりを目指してきました。妻の協力もあり、おかげさまでやっと理想に近い形になってきたと感じています」。
 代々継がれてきた呉服屋としての信頼をきちんと守りつつ、時代に合った店づくりにチャレンジする晃久さん。通りから入りやすい雰囲気をつくるため、ディスプレイに季節感を取り入れるなど、親しみやすいお店づくりを目指しています。
「当店は扱っている商品が現代の生活から縁遠いだけに、まずは心のふれあいを大切にしています。着物が形になるまで、糸から染色までたくさんの人の手、工程を経ていきます。スピード、合理化の時代にはそぐわない感じではありますが、逆にこういった時代だからこそ日本人の心のよりどころとしてなくてはならないものだと実感しています」。
 晃久さんの落ち着いた口調から、地道に一歩ずつに確実に歩んできたという自信が感じられます。

神田と着物のつながり
「神田には着物職人が今も健在しています。特に神田多町や司町には、染み抜きや仕立て、洗い張りなど古くから当店とお付き合いのある職人さんがいらっしゃいます。信頼という絆あってこその世界ですので、近くに頼れる職人さんがいらっしゃることはとてもありがたいことです。私達夫婦ができることには限界がありますので、足りない部分は職人さんや問屋さんからいただく応援が何よりも力づけられます。ですから、できる限り職人さんたちの仕事のすばらしさを皆様へお届けできる仲人的役割を担っていきたいですね」。
 職人の手仕事の味、温もりをお客様へ伝えたいと熱っぽく語る晃久さん。言葉に一層力が入ります。

着物が似合う街、神田へ
「当店がある神田須田町界隈は、神田の古き良き風情が残る街です。和の文化を大切にしている雰囲気がとても気に入っています。この街のもつ魅力を再認識し、ここでお店を開いていられることに感謝しています。伝統を守り、誠実で良心的な商売はもちろんのこと、これからは、着物の楽しさを多くの方に知っていただき、ぜひ神田の街を着物で歩いていただきたいです」。
 日本古来の伝統文化を未来へ伝えることが四代目の仕事であると晃久さん。
 時代を超えても変らない本物の美しさを求め続けています。


木村晃久 下久呉服店四代目
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