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百年企業のれん三代記

神田で三代以上のれんを守ってきた老舗にスポットをあて、初代から現在に至るまでの歴史を写真と文章でご紹介します。

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第4回 高山本店

お話:4代目 高山 肇さん (記事公開日:2011年4月5日、文:亀井紀人)

■初代・清次郎

 明治8年(1882)創業の高山本店の創始者である清次郎は、久留米の黒田藩で弓を扱う武士の出身でした。
 弓の仕事から、本を扱う仕事に転身させたのは、明治維新後の日本が大きく変わろうという時代背景があったことが見逃せません。当時、本を読み学問を身につけていた武士との付き合いのあった清次郎は、彼らから古本を買い取り、それを必要とする人々に売るという、古書販売の原点を明治8年久留米にてスタートさせ、その後神田神保町へ移転しました。
 神田地区には寛永2年(1790)に設立された、幕府直轄の教学機関「昌平坂学問所」があり、学問には縁の深いエリアであったこと、また、明治10年から20年にかけて、新政府の官地となった大名・侍屋敷跡には、東大をはじめとする大学が11校も建てられました。学問に欠かせない本を売る商売が、神田で盛んになったのは当然のことといえます。現代のように、新書が次々と出版される時代と違い、当時の本の9割が古本だったといいます。
 明治20年に出来た東京書籍商組合の数は131件で、その内神田は15件、日本橋、京橋が56件、28件と、まだ数としては日本橋地区よりは少なかった時代です。しかしながらその後、明治39年には組合数は384件に増え、その内神田は104件と、日本橋・京橋の85件、77件を抜いて大きく飛躍した時代でもありました。世界に類を見ない、最大の本の街となる神田神保町の基盤は、清次郎の時代に築かれたといえましょう。
【初代・清次郎の肖像画】
 

■2代目・清太郎

 創業者の清次郎には2人の息子がいました。長男が高山本店の跡継ぎとなる清太郎、次男は古賀書店さんに養子として行ったのですが残念ながら若くして病死しました。清太郎の時代は高山本店のみならず、本を扱う業界全般に亘り全盛期といえる時代でした。お隣の岩波さんで新刊本が出ると、その2日前からそれを早く手に入れたい学生さん達が行列を組んで並んだといいます。
 新刊本を出せば売れる、古本になれば、またそれもすぐ売れるという、国民皆が知識欲に飢えていた、良き時代でした。
 それに拍車をかけるように、明治時代に創立された国立大学、私立大学、専門学校の整備、充実が行われた時代でもあります。夫々の大学の図書館に置く本の仕入れ業者として、清太郎は、与えられた予算内で文部省から指定されたジャンルの本の員数を満たすため、新刊本と古本を混ぜて収めることで予算を削るという、古書店ならではの手法で、大口の注文を取り活躍しました。古書専門の高山本店が、この時だけ新刊本を売った時代です。
【2代目・清太郎のポートレート】
 
【1941年大阪毎日の英語版『NIPPON TODAY&TOMORROW』で紹介された神保町本屋街】
 左が高山本店、右が原書店

■3代目・富三男、君江

 2代目清太郎は男の子に恵まれず、子供は一人娘の君江でした。
 大変明るい活発な君江に、養子を迎えるにあたり父清太郎は八木書店の一番番頭であった富三男に白矢を当てたのです。
 それも、本の組合の運動会で優勝する活躍を見せた富三男に、父が先に惚れたと聞きます。「跡取りの息子は選べないが養子は選べる」という格言どおり、父の選んだ良き跡取りを獲得できました。店のマネイジメントは直系の君江が、お客様対応は富三男と、二人三脚での経営でした。
 富三男の功績として、高山本店の名を広く世に知らしめた「作家との交流」があります。きっかけは、壇一雄氏。壇氏がその後沢山の作家を紹介してくれるようになったのは、作家の求める本の内容を良く聴き、高山本店が窓口となり、古書店仲間に丹念に当たって探し集めるという、作家に対する姿勢でした。富三男の実直な人柄が作家仲間の評判になり、柴田錬三郎、大岡昌平、五味康祐、司馬遼太郎、瀬戸内寂聴、海音寺潮五郎、遠藤周作、胡桃沢耕史、等名だたる作家の御用達書店として存在し、そのスタイルは今も続いているのです。
【富三雄(89歳)】
 
【1966年(昭和41)瀬戸内晴美(寂聴)さんと、古書会館にて】
 左が当時44歳の3代目富三男

■4代目・肇

 3代目の富三男の時代は、華やかな全盛期であった2代目清太郎時代の、栄華の余韻が残っていましたが、かつて11校もあった大学も5校となり一時の急成長の時代は終焉を迎えていました。いつの間にか店の経営は、借金が膨らみ火の車だったのです。
 ここで、3代目夫妻の長男である私が、経営再建に乗り出しました。全盛時代、近くに出店した支店を閉店し、そこには外食を誘致する。2階建ての本店は、北沢書店と共同で、今年で33年目となる9階建ての古書センタービルを建ち上げました。その後、古書センタービルは、店を出せば必ず成功するという、常に満室の人気ビルになっています。
【2010年のさくら祭りにて】
 右が私、左が長男の剛一

■5代目・剛一

 4代目の私が再建した店を守るのが、5代目剛一です。剛一は本が好きで、3代目の祖父や私の妻智子と一緒に店を守ってくれています。勉強家で祖父から古文書の読みを学び、足りない知識は夜学に通って学びました。
 地域活動として、本の街の活性化にも自ら率先してブログを作ったりで、活躍中です。跡継ぎに恵まれた私は今、千代田の区議会議員として「家業が続けられる街」をスローガンに安心、安全な街づくりに奔走しています。
【三代揃って店の前で】
 左から父・富三男89歳、肇63歳、息子・剛一41歳
●高山本店
東京都千代田区神田神保町2-3 神田古書センタービル 1F
電話:03-3261-2661
http://takayama.jimbou.net/catalog/index.php

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