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百年企業のれん三代記

神田で三代以上のれんを守ってきた老舗にスポットをあて、初代から現在に至るまでの歴史を写真と文章でご紹介します。

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第40回 構雄造商店

お話:2代目 構 常雄さん(記事公開日:2014年7月28日、文:伊藤聡子)

■和食文化を練り物を通じて、後世に繋ぐ

――平成25[2013]年12月に、和食がユネスコ世界無形遺産に登録された。
 お正月に食卓を賑わせる、色とりどりのかまぼこ。おでんの定番、とろける舌触りが上品なはんぺん。そして、いつもの食卓にあがる、さつまあげ。
 どれも日本の食文化として馴染み深く、魚を原料として作り上げられたものだ。
 今年創業102年を迎える、秋葉原のかまぼこ屋、構さんのご家族も、先代からの味を忠実に守り続けている。
【店舗全景。常雄さんの同級生の方が描いた作品】

■初代  構 雄造(明治24年[1891]生~昭和63年[1988]没)

 私の父(雄造)は、富山県の生まれです。
 成績優秀で、将来は師範学校の先生になったらどうかと、周囲は薦めてくれたようです。しかし父は、東京への憧れが強かったので、周囲の期待を背に上京しました。
 手に職をつけるため、根岸にあったかまぼこ屋で、丁稚小僧として働きました。風呂敷包み一つ抱え、親戚縁者もいない東京で、きっと苦労も多かったと思います。ですが、雪国出身の父は、とにかく辛抱強い。いまだ私は父の足元にも及びません。
 23歳で独立(大正元[1912]年)創業し、翌年には神田鍛冶町でかまぼこ屋を始めました。この店は近所の火事に巻き込まれ焼けてしまい、今の場所に落ち着いたのは大正7[1919]年頃になります。
 父は20代の頃に第一次世界大戦に徴兵され、ウラジオストックにおり、帰国後は家族、お店を守るために必死に働きました。
 おかげで、関東大震災(大正12[1924]年)のときに店は全焼しましたが、すぐ再開することができました。
 とにかく、よく働いていました。「寝る間も惜しんで」なんてよく言いますが、私は両親が寝ていた姿を見たことがありません。残念ながら、母は私が小学校3年のときに若くして亡くなりました。でも、父は気丈に常に前を向き、何事にも挑戦していきました。
 ちょうどその頃、新商品として缶詰を作ったことがあるのですが、これは失敗に終わったようです。でも、父の信念は、何でも失敗から始まっていくということ。私はそんな父を今でも尊敬しています。
【使い込まれた練り物の型】

■さまざまな機材を使って

 父が始めた頃は、エソ、ハモ、タチウオ、イシモチなどの高級魚が安価で手に入りました。出刃包丁で鱗を丁寧に取り、水桶で水洗いをし、次は機械で骨と皮と身に分けていくのです。手間がかかる仕事です。
 また、魚河岸には、鮪専門や鯛専門などいくつか行き付けがあって、時々、市場には出ない小ぶりの鯛やイシモチなどを仕入れ、練製品の材料に入れたりしました。日本海の海の幸で育った父は、魚の目利きだったのかもしれませんね。今は練製品の原材料(ホッケ、スケソウダラ)は高騰しているため、安定確保が課題です。
 
――練製品造りには様々な工程がある。ここで写真と共に流れをみてみよう。
【画像左:魚肉採取機。さまざまな魚の骨と皮と身に分ける。身は水でさらし、血合いや生臭さをとる。画像右:チョッパー。魚の身を細かくする】
【画像左:すり鉢。細かくした魚肉を練り、味付けをする。最後に型に入れて形を作る。画像右:釜。さつま揚げなど、揚げ物をする釜】

■2代目 常雄 (大正14年[1925]生~ )、3代目 寿雄 (昭和28年[1953]生~ )

 おかげさまで、私の息子(寿雄)がお店を継いでくれ、私は今、経理面で手伝いをしています。
 多いときは、職人も入れて13人でこのお店を守ってきましたが、現在は職人1人と家族4人でやりくりしています。
 思い返すと、戦争抜きには語れないことばかりです。私は幸運にも戦地に行くことはありませんでしたが、東京大空襲の焼け野原の秋葉原を見ています。私は学生で、赤羽の寮にいました。秋葉原が焼け野原だと聞き、なんとか上野まで戻ってきたのですが、そこから焼け野原になった秋葉原を一望した時は、愕然としましたね。
 焼けた家の跡に、父の字で立ち退き先が書いてあったのを見つけた時、父の字を見ただけで、ものすごい安堵の気持ちでいっぱいになりました。「親父が生きていれば、みな大丈夫だ」という強い確信がありました。
 戦後、昭和24[1949]年にお店を再開させ、私が2代目となって65年が経ちます。
 人気商品のはんぺんとさつまあげをはじめ、種類は23種ほどあります。どの商品もつけ味は、最低限の量にし、食べた時に口の中で魚のうまみが膨らんでいくような商品を心がけています。父はよく「新鮮に勝るおいしさはない」と言っていました。そのためにも、冷凍すり身などには頼らず、今でも変わらぬ手作業で生魚と向き合っています。手間を惜しんでは、いいものは出来ません。
【画像上:商品一つひとつに、旬の海の幸の味が凝縮されている。画像下:静夫人とは同じ神田生まれ。静さんは、今も店先に立ちにこやかにお客さんの要望に応じている】
【画像上:平成7[1995]年、東京都より優秀技能者として表彰された際の楯(右)と平成13[2001]年に全国蒲鉾品評会で農林水産大臣省受賞のトロフィー(左)。画像下:農林水産大臣賞を受賞した際の表彰状】
●構雄造商店
千代田区外神田4-7−3

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